「障がい」はどこにある?
- 大輔 佐野
- 2023年11月28日
- 読了時間: 4分
先週末に様々なご相談をいただいた内容について昨日は市役所にて、それぞれの部署でご相談させていただきました。
ここ最近の相談項目で一番多いのは、保護者の方々からのお子さんについての相談です。
特に障がいのあるお子様のいる保護者の方からは切実な悩みをお聞きすることもあり、本当にどうにかならいかと、どうしたらいいかわからないという中で相談を受けることが多いです。
昨日の相談した件は、実際に市も動き始めており、要望していることと同じ方針に向かっているということで、保護者の方からも安心していただくことができました。
(詳細については、今後の予算などにも関わることも含まれるため、未決定事項になるので割愛させていただきます。)
そもそもこの「障がい」という言葉って本当に重く感じるよなーと大学生で知的障がい者の就労のことについて論文を書いているときから感じていました。
「障がい」をよく「でこぼこ」や「個性」という言葉で言い換えることもありますが、私が知っている限り完璧な人なんていなくて、必ず「でこ」や「ぼこ」があり、そこを個性として捉えつつ、もしかしたら「障がい」はその凸凹が極端に出ているだけでそこを補える仕組みさえあれば、結果的にはみんなが住みやすい社会になる考えています。 例えば、段差の解消は、障がいのある方のためにという言い方をされますが、段差がないことで便利なのはみんな一緒です。先日も視察でスーツケースをコロコロさせながら歩いてましたが、そういう時に改めて段差の大きさを感じるし、ない方が持ち上げたりせずに楽に通ることができます。 そして、高齢になれば誰でも目も耳も衰えとともに見づらくなったり、聞きづらくなったりする、歩行も困難になったり、認知機能も低下していく。
そんなことを考えると障がい児・者への対策は結局はみんなに返ってくると思っています。 だからこそ障がいのあるお子さんが、生活していく中で、学校で学んだり、遊んだり、運動したり、働いたり、そんな当たり前のことが当たり前になるようにどう行政は対応できるか、それだけでなくどう地域を巻き込んでいけるかが大事。
先日、障がいのあるお子さんがいる保護者の集まりに行った時に、上の子が障がいがある子で、下の子は通常学級に通っている子を育てている保護者の方がしみじみと「障害がないとどんなに楽か感じた」とおっしゃっていました。
これは、子育てがというよりも、乳幼児の定期検診の中で保健師さんに対しても毎回、色々聞かれることにいちから説明しなくてはいけないこと、療育に通わせることもそうだけど、そのために通所時受給者証をもらうために診察に行き、その上で手続きをして療育に通わせる、就学前検診の対応、特別支援学級に通わせるにも様々な聞き取りや調整などがあったり送迎なども考えなければいけなかったり、スクールバスに乗る手続きもしなければいけない、その上で放課後等デイサービスの対応先を見つけたり場合によっては送迎もしなくてはいけないと。
一方で、下の子は、乳幼児の定期検診も就学前の検診もさらっと終わり、学校の登下校も家から歩いて通うので送迎もいらないので、もちろんその手続きもしなくていいし、それ以外の書類等も全て学校が整えてくれて、かつわからなければ相談すればすぐに解決する。
このうえに子育ての中でその子の障がいに合わせて、対応をしなければいけないと考えると、地域として支える仕組みと合わせて、検診等を踏まえての情報の共有化はもちろん、ワンストップで対応できる仕組みや一括して療育などの相談ができる仕組みづくり、とりあえずそこにいけば相談も療育も申請もできるようなところがあることは何も特別ではないと感じました。 そういう意味で言うと、「障がい」は、その子どもの側にあるのではなく、社会の側に「障がい」や「障壁」があるのではと感じる今日この頃です。
だからこそそういった障がいを一つ一つ取り除くために動いていかなくてはと決意を新たにしつつこれからも取り組んでいきます。




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