障がい者(児)への支援について
- 大輔 佐野
- 2022年10月9日
- 読了時間: 3分
更新日:2022年10月15日
私のパンフレットを見ていただいた方から最近色々とお問合せをいただきますが、一番多いのが障がい者のお子さんがいる保護者の方からのお悩みのご相談です。
色々とお話しをお聞きしたり、相談をいただく機会が増えているので、改めてお話をしたいと思います。
まずは、私自身、障がい者の方と初めて触れ合ったのは中学生の頃。
ただその頃は障がいというものを全く理解せずに非常に偏見を持って接していました。
転機は大学でボランティアサークルに入ったことでした。
私が所属していた東海大学のサークルうえるふぇあ〜では毎週、知的障害者更生施設・授産施設(入所・通所)にてボランティアをしたり、毎月、児童養護施設でボランティアしたり、そのほかにもさまざまな施設に行く機会がありました。
そうやって関わっているうちに障がいを愛らしく見えるようになり、そこからもっと色々できるようになりたいとホームヘルパーや知的障害児(者)のガイドヘルパーを大学とは別に資格を取りました。
そんな中で思ったのは、知的障害者の方が働いても月に1万円稼ぐのがやっとという現実でした。
そして、もう一つ余暇活動の支援をしていて感じたのは、外に出た時のなかなかに厳しい目線でした。
もちろん優しく声をかけてくれる方もいましたが、そうではない目線に愕然としたのと同時にそもそも中学時代の自分も同じように見ていたと感じました。
そこから大学の専攻で、福祉を選択し、2年間探究する課題として、卒業論文で「知的障害者の雇用に関する制度と就労の実態」をテーマにまとめました。
内容は当時の知的障害者雇用の実態や好事例、その上でどうしたら雇用を進めることができるかということで、まわりの人々の障がいに対する認知を上げること、ジョブコーチの有効的な活用、また、支援を進めるための中核になる行政の支援施設の整備、さらに、その時成立した障がい者自立支援法で施設利用の自己負担が増える一方で、そこで負担した費用をこれらの財源に充てることができればという内容で論文を書きました。
その後、大学を卒業し、燕中学校で働いた時も1年目は介助員として脳性まひの子の介助、2年目、3年目は学習指導補助員として発達障害の子たちにつきっきりで対応してきました。
ヘルパーの資格もあることから介助は授業の際の支援だけでなく、おむつの交換や食事の介助など常に隣にいて生活全般を全て対応してきました。
そこから約15年経ちましたが、障害者雇用は同じような課題を今でも抱えております。
だからこそ今回、スタートラインに立てた時にはあらためて燕市内での障害者雇用のあり方についてもしっかりと取り組んでいきたいですし、もう一つ、根本から解決していく仕組みづくりとして乳児期から発達の遅れをしっかりと見極め、早期発見し、サポートすることでできることを増やしていき、より自立につながる仕組みづくりに取り組んでいきたいと考えています。
障がいのある子のお父さんお母さんの1番の悩みは、順番から言えば自分の方が子どもよりも先に亡くなってしまう。 そのために将来自分の子どもが自立できるようにしたい。
この思いは本当に切実でしっかりと寄り添いながらどんなことができるのか一緒に考えて、実行していきたいと思っています!




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